ペットウェルネスは「ヒト向けの10年遅れ」ではない——もっと難しい背景がある
ペット栄養補助食品市場は2031年に73億ドルへ拡大する見通しだ。だがその数値は実態より大きく見える。そして「ヒト向けで通用した成分はペットにも使える」という前提は、規制の壁の前で崩れる。
Key insights
- 世界のペット栄養補助食品市場は2025年の47.6億ドルから2031年に73.1億ドルへ拡大見通し(Mordor Intelligence)
- 日本のペットフード市場は2033年に1.27兆円へ。成長を引っ張るのは飼育頭数の増加ではなく、一頭にかける金額の増加(IMARC Group)
- ペット向け機能性成分はヒト向けとは別に、動物種ごとの独立した安全性試験と有効性検証が必要
市場が伸びているのは本当だ。ただし成長数値の一部は価格インフレによるもので、純粋な需要増は見かけより小さい。消費者は超プレミアムと低価格帯に分かれ、中間が縮んでいる。そして最も大きな誤解が、成分の問題だ。ヒト向けに安全性が確立された成分でも、猫と犬では体内での処理が異なるため、動物種ごとにゼロから検証が必要になる。後発はMarsやNestléが数十年かけてやってきた検証を、同じようにゼロからこなす必要がある。
数値が大きく見える理由
73億ドルという数字には、原材料費と物流コストの上昇による価格インフレが含まれている。市場が拡大しているというより、同じ量のものが高く売られている部分がある。
消費者行動も均一ではない。機能性・条件別処方の超プレミアム帯は2025年に16.6%増と伸びている。一方でペット市場全体の支出成長は2.9%にとどまる。需要が増えているのではなく、高い方へ移動している層と、安い方へ落ちている層に分かれている。真ん中にいた標準プレミアム帯が最も苦しい。
日本も同じ構造だ。7,200億円から1.27兆円への拡大は、ペットの数が増えているからではない。一頭にかけるお金が増えているからだ。単身世帯が増え、ペットが生活の中心になっている。一頭への健康投資は増えているが、それが不況局面でどこまで維持されるかは、まだわかっていない。
猫と犬は、ヒトとは違う生き物だ
ペット向け機能性サプリの市場で最もシェアが高いのは今もグルコサミンで、プロバイオティクスが続く。新成分への関心は高いが、市場の主流はまだ変わっていない。
理由はシンプルだ。ヒトに安全な成分が、猫や犬にも安全とは限らない。猫はヒトや犬が持つ特定の代謝経路を持たないため、植物由来の成分や脂肪酸の処理の仕方が根本的に異なる。そのため米国のAAFCOと欧州のFEDIAFは、動物種ごとに独立した安全性試験と有効性の証明を義務づけている。ヒト向けのエビデンスがいくら揃っていても、ペット向けの検証の代わりにはならない。
「成分を使った製品を作る」ことと「その機能を正式に表示できる」ことの間には、大きなギャップがある。ポストバイオティクスなどの新興成分は、ペット向けの臨床エビデンスがヒト向けと比べてまだ大幅に薄い。AAFCOやFEDIAFの表示基準を満たすだけの証明が揃っていないため、成分を製品に組み込んでも機能性を正式に謳えない。多くの新興製品が今、そこで止まっている。

大手が積み上げてきたものは、科学のインフラだ
Mars PetcareとNestlé Purina PetCareが「ヒト向けウェルネスのトレンドをペットに転用している」という見方がある。実態は逆だ。両社はペット固有の腸内細菌叢や栄養代謝を、ヒトのデータとは切り離して研究している。Royal Caninは犬種別・動物種別の処方に特化した獣医学研究センターを持ち、そこで積み上げたエビデンスが機能性表示と獣医師の推奨の根拠になっている。
この蓄積は、あまり表に出ない話だ。市場の数字の裏に、資金だけでなく時間をかけた研究がある。ペット向けの科学は、ヒト向けとは別のペースで、静かに積み上げられてきた。その先にどんな市場が生まれるのか、静かに注目しておきたい。